カテゴリー「第一回札幌国際短編映画祭」の記事

アカデミー賞ぐぁ~!

このカテゴリが更新される事はもうないだろうと思ってたんですが…。

なんと、アカデミー賞の受賞結果をつらつら眺めてたら、実写短編部門でチルドレン枠『小さなビンタ』がノミネートされてたんじゃないですか~! (受賞したのは『West Bank Story』という作品のようで、これは知りません)
なんかもうノミネートってだけでも、『不都合な真実』長編ドキュメンタリー受賞の14倍くらい嬉しいですよ!

●追記:
『小さなビンタ』ユニセフのサイトに『小さなビンタ』の紹介ページがあったので貼っときま~す。機会があれば是非。ビンタパパマジックで猛烈にハッピーになれます。

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『タフガイ!2005』配信開始ッ

今日は昼間にコレを発見して、一人で浮かれておりました。
いままではバーで酒を飲みながら、マスターやバイト君たちや常連さんたちにひたすら苦しいジェスチャーで吹聴してきました(笑)が、やっと全編観てもらえるよ。こないだの文章読んだ某バイト君が「あのプレビューじゃカッコいいかどうかわからんすよ」とボヤいてたばっかりだし…。

今日から、livedoor ネットアニメのサイトで配信されています。以下リンク。

●動画ページ 『tough guy! 2005』
●監督紹介ページ 『岸本真太郎先生』
●インタビュー 『漫画からアニメーションへのシフト』

インタビューで、製作の苦労話とか出てるんですが、想像しなかったような作り方されてました。やっぱりアイデアで勝負だよなあ、この世界。
ジブリに共感できないオイラとしては、こういうギリギリの作り方のほうが断然好きです。

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『拍手』ブラボー!(遅ッ)

いま気付いたんですが、映画祭I-Eの『拍手』(IMDb)が観客賞取ってたんですね~!
集計のために後日追記されたんでしょうか。

気付くまでずいぶんかかりましたが、これで今回の映画祭はほぼ納得の行く受賞結果となりました。オイラのレビュー霊もこれで成仏できるわ~(そんなんあるのか)。

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破壊者『タフガイ!2005』

●いきなり追記:1~3話の動画配信、発見!

ライブドアのネットアニメに掲載されてますねー。うちのPCは celeron 400/RAM 96M なので、再生不能でしたが…。
あ、なんと今日(10/2)リニューアルしたネットアニメサイトの看板アニメっていう扱いっすか! 「大作」とか書いてあるし…岸本監督も「先生」になって、なんか今日から映画界ですか!という凄い感じです(笑)。
ある意味ライブドアらしいですな。ぜひ『やわらか戦車』の退却した跡を埋めて…むむ、なんか退却してねえし。

んー、あまりに発見のタイミングが早すぎたので、もう少し待ってから虎場しますかな。いまやるとサイト訪問者に引かれまくりそう。


●さらに追記:
インタビューも載りましたね。えっそうなの!…っていうような撮り方してるんだなあ…ビックリです。
あと、すんません。この記事でも他作との比較で、いろいろゴッソリ引用してしまいました(笑)。まあモチーフってもんがどこから来て、どんな姿で集約されて、どんな影響を与えて行くかを見守るのは論ずる側の仕事と思ってますから(特にここ数ヶ月、ルネ・ラルーの発信したビジョンについては猛烈に語りたかったので…)。

今回の掲載は区切りみたいなもんだから、膝を正してキチンと別記事を起こさないとダメだなあ。うん、書くか。


終わるようでナカナカ終わりません、札幌国際短編映画祭関連の話題。

えー、こちらで報告するのはちょっと気後れしちゃったりしますが…国内作品賞を受賞された『タフガイ!2005』岸本監督とマイミクさせて頂きました
考えてみると『タフガイ!』は国内作品賞以外にも樊噲排闥賞などという大変権威のない賞を取ったにもかかわらず、フザケたレビューしかしておりませんでした。以下、オイラがこの作品のどこに魅力を見出したのかを書いておきたいと思います。

■背景処理の多義性
話の枕に、最近の撮影で話題になっている「ピントを絞り込んだ結果の、ボケた背景」と動物写真の関係について。
『キング・コング』はコレを批判する人がけっこう多かった。それ以前に『X-MEN2』でも使われてましたし、『MI:III』でも使われてたようだし、確かに近年のハリウッドの「セット費削減に応えるための悲しい策」と思えなくはないんです。
でも『キング・コング』だけは、ほとんどそれを感じなかったんですよ。確かにクローズアップは多かったので見せたい対象は明確で、背景をうやむやにする必要はない。単純に予算の関係で「背景のCGレンダリングを安く済ませた」んだと思います。
ところがこの「背景ボケ」自身が被写体そのものより高く評価される世界がある。それが動物写真の世界です。野生動物写真は森林なんかで撮る事が多いですから、全体を詳細に捉えてしまうと一般の人が見ても「何を撮ったんだかよくわかんない」写真になります。そこで被写体に明確にピントを絞り込み(鳥のクチバシの付け根、とかそういうレベルで)、それ以外の部分はボケるような構図が増えてきました。個人写真集ではもっと違うアプローチが用いられますが、広告写真の世界では一般的にこういうのが使われてます。その方が売りやすく、買いやすく、載せやすいからです。
そういう商業的な理由から始まったにせよ、そこに「ボケの美学」が生まれた。被写体よりも、それが撮られた場所や時刻や天気などで異なる微妙なボケが、美しく表れているかどうか。そこを意識する写真家が多いです。ボケは非常に多くのものを語っているワケです。いやオイラはそこまで見切れる力はないですが。
ビシッとピントの決まった被写体にボケた背景。浮き上がった構図。これが野生動物写真の流れてきた道です。『キング・コング』の髑髏島は、その構図に非常にマッチしていました。これでもっともっともっともっとカメラを引いて撮ってれば、既に確立している動物写真文脈の上で動物ドキュメンタリー風の映像を作れたかもしれないと思います。カメラを引くとCG予算が指数級数的に増加するでしょうからやんないでしょうけど。

ここで、「仮に大自然を扱う場合であっても、クローズアップと背景のボケを同居させるための、何かのコンテキスト・状況設定が必要なんじゃないか」というのに気付きます。それを明快に打ち出したのが『タフガイ!』だったワケです。
「これはカマキリの主観視点だ! 文句あるか!」というパワーが、短編である事もプラスして全体にみなぎっている。この状況設定を考えついた、ってだけで座布団3枚くらい。
絵が昆虫図鑑のコンテキストなんですね。冒頭はまさに動く図鑑、生物ドキュメンタリーと同じ構図になってるんです。みんなが見慣れたこの文脈に乗っかる事で背景の詳細は不要になるし、おそらく制作上も安く済む。他方、逆の見方で「カマキリが主人公のドラマ」と見ると、この背景処理はハリウッドの流行に乗った事になります。観客は気付かなくても、近年の映画の刷り込みがあるので何となく意識してしまう。
ストーリーはまさにこの二つの文化「動物写真」「ハリウッド大作」の中間を、絶妙なバランスで渡ります。全然違う世界にある両者を結びつけるのが、カマキリであり、カンフーであるワケです。

■余計な効果を入れない展開
3作目は正直、見せ場が散ってパワーダウンした気がするのでダレちゃったんですが、1・2話目は凄い。

1話目は半分弱をSSFサイトのプレビューで確認できますが、すっかり昆虫図鑑です。カマキリ以外の何者でもない。これがある男のバカなセリフで「役者」に変貌する(プレビューの終わりあたり)ワケですが、この切り替わりのカッコ良さが監督の持ってるセンスの賜物で、以後の場面が一々カッコいい。プレビュー動画以後のこのあたりの凄さは、監督のHPに置いてあるクライマックス動画で確認できます。
今までカマキリと思っていたものが、ポーズからアングルからすっかりアクション俳優になっている。先に書いた通りで、事前の描き出し方はどっちの作品世界にも進めるように段取りされているので、特に何か特殊効果を施すとかそういう必要が全くありません。カマキリがただ見栄を切ってカンフーするだけで、カンフー映画ハリウッド大作風味に切り替わっちゃうワケです。
観客が、映像のコンテキストが切り替えられたのにやっと気付いたあたりで、画面に向かって(カマキリの蹴り飛ばした)空き缶が飛んでくる。観る側が完全に手玉に取られます。

2話目はカンフーを離れ、モンスター映画のコンテキストに移行。カマキリ対シジミ蝶の死闘が、『アイランド』並みの空中戦で描かれます。
今回の観客は既にカマキリのパワーを知っているのでサプライズはありません。そこで直球勝負、CGパワーの見せ所になります。着ぐるみ実写系の東宝映画ではやれなかったダイナミックな空中戦。これを観ていた時点では、オイラの頭はまだ「カンフー映画」の中でしたから、いい感じでやられました。敵がシジミ蝶というのも巧くて、動物写真の世界はキープされてますから、映像の雰囲気を変える必要はない。どこまでもパワーを誇示していれば、そのまま『タフガイ!』ワールドを引き継げる仕掛けです。
ラストは壮絶な空中戦から、地上の日常世界へ戻ってきますが、先のパワーを持続しているので凄い事になります(もちろん日常世界的に、ですが)。このあたりはもう一回ヒネってもよかったような気もしました。もう少し壊せるかな、と。

■虫の視点が語る境界喪失
これはあまりに自明の話なんですが…。
今回の札幌国際短編映画祭には、本作以外にも昆虫と人間のバトルを扱ったコメディが上映されています。プログラムI-Eの『ハエのメロディー』ですね。こちらは人間(修道士)とハエの視点を切り替えながら、「ヒトと悪魔」「音楽とノイズ」「力と無力」「意味と無意味」という暗喩を構築していました。最終的にコレが「生こそが音楽である」という結論にたどりつく。ワンセット短編ならではの、巧い世界構築でした。でもそこには、何か新鮮味がなかった。あえて今の時代に作る意味がなく、中世から現代に至るまでの普遍的な宗教性を追求した作品でした。
映画に限らず、たとえば宮元武蔵の評伝(ハエを箸でつかんじゃう僧侶)を思い出させる構図です。虫は古来から弱者の象徴で、物語上でそういう扱いを受けるのは現代に至るまで変わっていない。
『タフガイ!』ではこれが逆転し、虫のパワーが人間を凌駕している点が違います。今までにもアニメの世界にはこういう力の逆転はあった。アメリカのカトゥーンでも、欧州のアートアニメでも、日本のアニメだってよく使っている。でも本作のように3DCGを使って実現すると、物語を実写映画の枠組みに乗せられるワケです。しかも「これは特撮ですよ~」という制約の多い画面作りではなく、普通のカメラが捉えたのと同じように、自由自在にやれる。その最先端が『スーパーマン リターンズ』で暴走ジェット機を軟着陸させるシーンだとか、『X-MEN ファイナルデシジョン』で橋を空中移動させちゃうシーンとか、そういう映像なんでしょう。
…パワーを演出するために、そこまで予算をかける必要があるのか? という反論が、カマキリの中には確実にある。カメラ壊すだけでいいじゃん。空き缶が飛んでいくだけでいいじゃん。人間、主人公でなくていいじゃん。アニメでは珍しくもなく、普通に描かれてきたんだから…。
「予算に合った身の丈で描写する」という製作的な側面もあるでしょうが、従来から「アニメ」「実写」と区別されてきた境界を取り払った功績は大きいと思います(一応、参考までに書いておくと『スーパーマン リターンズ』の飛行機救出シーンは、マックス・フライシャーによる戦前アニメ版スーパーマンの一話「japoteurs」にあるクライマックスシーンの実写再現なんですが…すっごく乱暴にやってますけど)。
実写とアニメの境界がなくなるというのは恐ろしい事で、この映画百年の歴史が積み重ねてきた記号の扱いが再考を迫られる必要が出てきます。もう時代はそういう所まできている。ギリギリ崖っぷちどころか、既に崖を飛び出しちゃっている。製作現場の人々は気付き始めていると思うんですが、観客はまだこの恐ろしさには気付いていないような気がします。
そういう恐ろしい時代の入口に立ってしまっている事を、ただ一匹のカマキリが数分間の演技で示してくれた意義は絶大でした。もう今後は、予算的なイイワケは効かないでしょう。世界のアニメで培われた表現方法が実写世界を侵していくのは、もう数ヶ月単位の時間の問題になりました(コレについては『王と鳥』とか、まだまだイベントがあるので別にじっくり書くと思います)。
まあ逆に言っちゃうと、映像表現に関して今って時代は「やったモン勝ち」でしょうね。確実に。

■結論
ハリウッド×昆虫、という意外な映像の親和性に着目したのが、迫力と身近さを実現できた勝因だと思っています。
ちょっと考えるだけでも、下水を舞台に『ポセイドン・アドベンチャー』風なんて作れそう(水の描写が大変か…)。大作の映像をパクるような不毛な労力を割かなくても、そうなるシチュエーションを仕掛けて、娯楽大作の本質部分だけを移植する事がラクにやれるんじゃないでしょうか。その方が映像作品として本来のあり方で、有意義ですし。
ふたつの異なる物を結びつけると、意外な面白さが生まれます。でもそんな事、口では簡単に言えてもなかなか思いつかない。この組合せ自体が大きな魅力です。

また、そういう戦略的な部分以外では、とにかく映像がカッコいい。緩急のリズムもシャープだし、カンフー決まってるし、パワーを表現する方法も単純明快。このセンスをどうやって長い作品で生かしていくかは、今後の一番難しい課題なんじゃないでしょうか。

フランスを代表するアニメーション『ファンタスティック・プラネット』の監督、ルネ・ラルーが90年代のインタビューで「アニメの3DCG化の流れはもう止まらない。アニメーションは長い時間をかけて三次元を志向してきた。やがてアニメは実写と同じものになる」というような事を語っています。インタビューの翻訳を載せてた元サイトが消滅しちゃって、今は確認できないんですが…(ラルー御大自身も、数年前に他界しちゃいました…今こそ何かを語って欲しかった…(T^T))。
彼が示唆したのは「実写映像の意味的な崩壊」という、とんでもない大事件であるワケです。パソコン、3DCGソフト、デジタルビデオカメラ、と既にツールは揃っている。あとはもうやるだけ、ってな状態です。
そして、やっちゃった人がここにまた一人。アニメと実写の壁を取り払った後に何が待っているか、きっと誰も知らないでしょう。でも、ここまできたら、やらないわけには行かないのです。今はただ、特撮黎明期にも似た、ガシガシやるだけのとんでもないワイルドな時代なんです。
それを肌で判っている人がいた、というのを知ったのは、昔からのアートアニメーション派としては非常に心強い出来事でした。

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『マリーの一日』の奥の奥

札幌国際短編映画祭の終了後、予想外の迷宮にはまったプログラムI-F『マリーの一日』IMDb)。
考えれば考えるほど記号の罠にハマるという、知的なゲームです。
まあ『ドッジボール』で数日間頭を悩ませたオイラですから(いやあの後、隠れコメンタリーの方を聞いて全部シャレだってのがわかりました)、切り口が違えば案外スカッと行くのかもしれないですが…。

では以下、解明にチャレンジしてみましょーか。

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収穫祭:この国に注目!

えー、ここまでのレビューを読んだ方には題意はおわかりと思いますが、オーストラリアを持ち上げます。
近年上昇気味だった日本・ドイツは停滞の兆し(アニメは別ですが)。同じ事をやり続けると、いずれ重箱の隅をつつくような結果となります。そしてまさにそうなっていました。
韓国の商業作品にも、去年くらいから同じような停滞ムードを感じるんですが、映画祭で見た光景は違いました。今までにも増して描き方が直線的になり、実験色が強くなっています。近く世代交代があるかもです。
そしていつまでたっても安定して才能を発掘し続けるイギリス・フランス。これは、社会が早いうちから個人の才能を認める体制になっているからでしょうね。評論家の視点が流行などに振り回されず、新人へのレビューが安定しているんでしょう(特にF-Bのクリス・ウェイトについては「こいつ恵まれてやがるぅ」と、ちょっと妬んでます)。
それ以外の国については南米とか中東とかアフリカとかの作品を「観れた」というのだけでも素晴らしい事でした。なぜかロシア映画が一本もなかった気がするんだけど…まだ市場壊滅状態?

…で、オーストラリア。
今回上映された映画は、まずバリエーションがとてつもなく広い。テーマからしてコメディ、闘病、ホラー、サイコサスペンス、バカ、グルメ、初恋…全天候対応型プロデュースです。コレが氷山の一角だとしたら、水面下にはどれだけ埋もれた作品があることか。舞台も、砂漠、ラスベガス、テレビショー、隔離病室、レストラン、地下鉄、デスクトップ(!)…全方位ロケーション。低予算でアイデア勝負するための荒野ロケやワンセット物もあるけど、病室や地下鉄はそれなりの予算や管轄組織の協力がないと無理でしょう。
今までの韓国も膨大な補助金で映画の質を向上させていた気がします。同じビジネスを、オーストラリアが始めようとしているんじゃないでしょうかね。新たな人材・才能を育てるためにこそ、国は金を含めたインフラを提供します~みたいな、金の使い方のセンスの良さを感じました(日本政府がアニメ振興に投下したカネ…ジブリ帝国を作るためのカネとは大違いっすよ)。

そういう土台やソフトの上で何が描かれるかと言えば、オーストラリアの砂漠そのまんまのスカスカな話だったりします。ところが地に足がついてるつーか、このスカスカ感が非常に心地良い。日本の大作映画みたいなアレもコレもの幕の内弁当感覚がない。何に着目すればいいかが観客にも明確で、まっすぐで潔い。そして、そのまっすぐな路線を飽きさせず、観続けさせるためにいろいろなアイデアが放り込まれる。あくまで芯がしっかりしている所へ放り込むスパイスなので幕の内弁当化は起こらないし、みんなが同じ路線の映画を作っている世界じゃないので、差別化のための微妙な味付けとかする必要もなく、多少味付けに失敗していても全体的にユニークで見れる内容になっている。
日本の80年代のアニメ興盛期を思い出させます。掘れば掘るほど金が出るような時代ですな(後にはアニメバブル崩壊がやってきましたが)。
オーストラリア作品は、当分の間はネタの広さで勝負するんじゃないかと思います。つまり同じテーマを語り直すようになったら、豪州映画が成熟し、過去を向いちゃったサインですね。
文化も再帰的に再発見されるもの。多くの先人が既に何度も通ってきた道を、オーストラリアが最新装備でどう攻めるのか、楽しみにしたいところです。

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収穫祭:この人に注目!

えー、ここでは今回の映画祭での収穫として、今後注目していくべき人物をリストアップします。今日と明日で、随時更新。
監督はパンフに名前出てますけど、俳優とかは調べるのが難しいなあ…。


【実力編】
●Emma Landolt(監督)
I-D『よごれた地球』で臆面もないヤン・シュワンクマイエルへのオマージュを捧げた女性監督。この監督の場合、手法をマネしたって感じがしない。もう信仰に近いものすら感じます。まだ1作目なので、彼女のスタイルの幅がどれだけあるかはわかりませんが、オイラ的にはずっとこのままの路線で進んでくれても一向に構いません。

坂本友介(監督)
F-Bに登場。日本に何度目かのアートアニメブームが起こるかもしれない、という予感を抱かせたアニメ監督。シュールな状況設定下で観客をどこまでも引っ張り続けられる、並外れた才能がある。作品はシュールだが正統な技法を使い、ヒネクレてないのでNHKとがが注目すれば後の成功は手堅い。受賞歴も多いので、彼が日本サブカルチャーに影響を与え始めるのは時間の問題であると言える。そういう時代になれば、オイラだってやれヤン翁は…とか、やれエンキ・ビラルはルネ・ラルーはカレル・ゼマンは…とか叫ばなくなっているかもしれない。わざわざ誰もチェックしないような午前4時という時間帯に舞台挨拶する、曲がった性根も大いに買う。

ダニエル・マロイ(監督)IMDb
映画祭オープニング、プログラムF-Aでみんなのド肝を抜いたヒト。ミヒャエル・ハネケの拓いた道を踏襲する者として無敵。しかも映画的な盛り上がりにも未練があるようで、いろいろな手を使って観客を引っ張る。彼の描くテーマは社会性や、人間性に拠る所が大きいので、作風の成熟までにはたっぷりと時間がある。長く成長を楽しめる監督だと言える。彼には「決してハリウッドに呑まれないで欲しい」と切に願う…。

山口誠(監督)、太一(男優)、小春(女優)
F-C『なんじゃ忍者』アワード子役賞の受賞により、三位一体で映画祭お子様映画の頂点に君臨。とにかく子供目線で描くのが巧いし、演じる側も巧い。徹底してカメラが動ないのも特徴的で、またほとんど視点が主役から離れる事もない。基本中の基本のみで描かれていると言っていいと思う。奇をてらわないからこそ、万人に受け入れてもらえる。CG作品、VFXによる演出が目立つ中で、原点回帰の芽を感じた。今回の受賞を皮切りに、注目度は上がっていくと思われる。

●Umut Aral(監督)IMDb
注目度は低かったが、I-Aの『運命の衝突』は評価したい。トルコの監督とは言え、ハリウッドに行けば十分クライム・サスペンスで通用すると思う。彼の犯罪映画はバカバカしいくらいに明るい。アメリカの犯罪映画が持つ後ろめたさを持たずに、「生きるためなんだから」と明るく前向きに罪を犯す(当然ながら報いもあるわけだが)。この軽い倫理観・生死観は、長編映画でやればかなりショッキングだろう。

●Moro Anghileri(女優、作品クレジットによっては Mariana Anghileri とも)IMDb
I-Dのアワード受賞作『サイドウォール』の主演女優。美人は得です。特に今回はブエノスアイレスのショーウィンドウデザイナーという《都会人》を素敵に演じていたので、注目度は上がりそう。実力はまだわかりません。が、今後もお目にかかる機会は多そうな、スレンダー系都会派美女です。ちょっと部屋にポスター貼ってみたいかも(笑)。

●栗津順(監督)
NL-B『惑星大怪獣ネガドン』を作るために退職し、フリーになったらしい。その行き過ぎに見える本気度は、注目に値する…次作はもう少しドラマ側も考慮してみて下さい、おねがい…これじゃ映画好きに薦めるの苦しいっすよ…。


【ひいき編】
関係者が来場したモノを中心に…。
●『白いしみ』の母娘
これが検索しても名前がわかんない…洗濯機の音の効果もありますが、緊張感を常時キープしつつも醜悪にならず、この二人のかけあいは見事でした。逆に一人で演技してる部分ではイマイチなんですが…てコトは事前の役作りに不足アリ、かな。

●Guro Rugstad Jenssen(監督)
『あやまち』を撮った人。ノルウェーの若手女性監督さん。盛り上げ方が静かなんですが、特に知的な内容とかそういうワケじゃないんでダレちゃう面があり、これからの作品に期待。《神》でもなく《実存》でもなく…と、作品が立脚する哲学的な土台が見えないのが残念でした。例えて言えば『サイドウォール』での「ウォーリーを探せ!」に相当する何かがあれば、この方は一気に完成するような気が…。

●Heng Tang(監督・編集)IMDb
『幸運のチップ』がアワードで編集賞を取ったので、オイラを含めてみんなが同じ評価をしたワケですね。会っているワケではないのに会っているような感覚になる、この編集方法は今後様々な作品で応用されるんじゃないんでしょうか。

●Roland Seidel(監督)IMDb
アワードからは漏れてしまった『Man OS』の監督。オイラはこの作品に、バカ映画の新たなる地平を観ました。もう河崎実作品なんかに一喜一憂する事はないかもな(『日本以外全部沈没』『ヅラ刑事』は行きますが)。今後も哲学的なバカ映画を製作される事を期待しております。あなたの拓いた地平はむっちゃ広大だ…。

●Jan Koester(監督)IMDb
学生監督賞を取った『極楽ロック』の監督。会場では何度も何度も何度も何度も目が合いました。オイラも相当会場に居座ったけど、この人も尋常じゃないです…勉強熱心なんですねえ。いかにもなドイツ人だ。

●Ariane Mayer(監督)IMDb
『ハエのメロディ』を作ったおねえちゃん。ドイツらしい手堅い世界構築で、ハエの暗喩も含めて見応えがある作品ですが、いま一歩の印象。でも「美人は得」という事でチョイスします。

●Gudmundur Arnar Gudmundsson(監督)IMDb
『マンウォッチング』で史上空前の大規模なアートアニメを製作した。次に何をやるか、ちょっと気になる人です…。

●GABRIELA MONROY(監督)IMDb
『しゃぼん玉』の女性監督。ただのシャボン玉にカトリック的な神の意志を見出せる、とんでもない人。今後、世の中のいろいろな風景を寓意画として切り取って提供してくれそうです。

カスミ・エックス(監督)
いま気付いたけど、この人の名前、マルコムXから取ってるの…? つまり確信犯的なスパイク・リー一派か。『10ミニッツ・オールダー』におけるリーの態度を考えれば、今回の映画祭での彼女の立場は明快ですな。評価はしないけど実力は凄い人。今度はエド・ウッド作品を素材に使用して下さい。彼のフィルムには、存在自体に体制への痛烈な含意がありますから。

●Padlo Gonzalo Perez(監督)
『ラトリックス』で子供の心をゲットしたフランス監督。スチューデントマークがないんですが、どうも学生監督のようで、指導された方が会場で挨拶していました。キレの良さ、可愛らしさ、笑いどころ、それぞれフランスを感じさせる上に嫌味がないのがウケる要因でしょう。加えて『マトリックス』の名場面は一応押さえてあるので、バッタモン感覚で観客を引っ張る力が強い。一度パロディで行くと決めたらヘンにひねらない、観客の笑いの力を信じろ…そういう基本に忠実でした。こういう人に『ピングー』の後を継ぐ何かを手掛けて頂きたい。

●ベック&ローラ(監督)
『ビビ』の監督さん。ウスペキスタン出身のニューヨーク在住アーティスト・カップル。来札して毎日楽しそうに笑顔を振り撒いておりました。この人たちを見てるだけで幸せになります。芸術性とか、そういうのとは無縁の場所で作品を作ってる感じがして、とても癒される方たちでした。

●Juan Pablo Zaramella(監督)IMDb
『火星へ行こう!』可愛さ満載の人形アニメで、チルドレン・プログラム会場を沸かせたスペインの監督。子供向けの作品は作家性が出にくい面がありますが、この監督は子供に受けて、大人もうならせ、作家性もあるという安定感ある逸材。まだ作品数は少ないようですから、DVDが出るとしても数年後かなあ…楽しみに待っています。

●KANG Jung-a(監督)
SPコリア、『愛ラブU』(この邦題何とかならんの…?)の学生監督さん。大声で素敵に笑う方。まだ向かう方向が見えないんですが、今後注目していきます。「色」にこだわってる感じなので、次も映画作品かどうかは不明なんですが…。

●Philippe Dussol(監督)IMDb
SPフレンチの『イージーマネー』を監督。IMDb 見ると寡作な人ですが、いずれアクション長編を手掛けるでしょう。ベッソン風の黒さと切れ味の良さがあり、生粋のフランスアクション監督って感じです。正直、この人が『デイ・ウォッチ』『ダスク・ウォッチ』を監督しねーかなー、なんて考えちゃいました。

人物については、以上!


…あと、昨晩『トレインズ』の監督さん&SPジャパンの『診察室』の監督さんがこのサイトまでいらっしゃっていたようです(某所にリンクが貼ってあった)。こんなトコロまでご足労頂いて、いやはや…ありがとうございました。
ポール・ヴァレリーの言葉だったと思うんですが「芸術家が追求するのを止めた、その時々の排泄物が作品と呼ばれる」っていう真理があります。《過去》を論じたレビューなんかに拘泥しないで、どんどん前に進んで排泄してもらえる事を期待してまっす。

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プログラムSP韓

今回の映画祭を代表するプログラムがスペシャルプログラム・オーストラリアだったとすれば、映画祭を極上の後味で締めくくってくれたのがスペシャルプログラム・コリアでした。
メイン会場も全てのイベントが終了。最後の最後にひっそりと上映されたのですが、2作目『愛ラブU』の監督、KANG Jung-a さんがスクリーンの前で挨拶。若い女性の学生監督さんです。で、この方オイラの前の列に座ったんですけど、本当によく笑う人で、また血みどろのシーンは身を引いてたし、映画人という以前に観客としてとても気持ちのいい方でした。今さらながらに「オレぁ笑ったり泣いたりするためにスクリーンへ足を運んだんだっけ」という事実を思い出させてくれました。
こういう迷いのない、クリアな観方のできる人がいると、館内も引っ張られてかなり盛り上がります。下品系のネタが多かったプログラムですが、気持ちよく笑ってシアターキノを後にする事ができました。
ありがとう監督。次回作も必ず観ます…てか監督の作品が今回、一番評価が辛くなっちゃいますが…すびばせん…。

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プログラムSP加

アワードプログラムBを諦めて、スペシャルプログラム・カリフォルニアへ。
映画の都ハリウッド謹製の短編が並びます…てか目を覆いたくなる惨状が展開されてました。
冗談抜きで太極拳のようなカンフーとか、『マトリックス』の真似をした「だけ」とか、「さあこれから笑うところですよ~」と意気込んじゃうヌルコメとか…。
今回の映画祭で意義のあったのは、新たな映画のムーブメントがオーストラリア・ニュージーランドに移る兆候を見た点でしょうか。アイデアの量も質も、豪州が他国を凌駕してました。作風は大らかなバカ映画ですが…。

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映画祭最終日

アワードから漏れてしまったI-Eの『拍手』をもう一度観るために、午前4時に会場へ舞い戻るという無茶を決行。
同じ思いの人たちがいるもので、『拍手』の終わりで拍手するためだけに、けっこう人が途中入場してました。

続いて寝そうになって困ったI-Fを、再度鑑賞。
『ジュリア』は難物です。5回くらい観ないと全体が掴めなさそう。でも、母親像やお爺さんの過去とかを推理する手がかりはあちこちに散っているのがわかりました。

今日の悩みの種はアワードとスペシャルプログラム・カリフォルニアがかぶるコトです。
アワードは観なくていいかなあ…いいよなあ…悩むなあ…。

そうそう、午前4時からのプログラムI-Eの冒頭には、『在来線の座席の下に住む男』『電信柱のお母さん』『焼魚の歌』の坂元監督が舞台挨拶。若い方でビックリでした。こんなに若いって、一体誰の作品に影響受けたんだろう? しかしまー、何もこんな時間に舞台挨拶やんなくても…ある意味『午前4時の舞台挨拶』って、まんまこの人の作品のタイトルになりそうですが。

●追記:
結局最終日は、アワードA~SPカリフォルニア~SPコリアという流れになりました。
これで正解でした。あんなに気持ちよく帰れるとは思わなかったです。もちろん疲れきって、レビューも書かずに寝ちゃいましたが…。

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