« ヤツらが帰ってくる… | トップページ | 彼も帰ってくる。 »

ピンチでもくじけない

ピンチでもくじけない
『ピンチサイフ・カランプリ』…じゃない、『ピンチクリフ・グランプリ』。
涙。
人形アニメへの愛に涙。
よくぞ復活上映してくれた!
キュウイさん観て! いやマジメに! あの壷はいいモノだ〜っ!

昨日は不用意に酒を飲んでしまい(まだ記事を起こしてないけど、東京行きの話が出る前にシャルトリューズ・ヴェール・VEPをキープしたのれす)、薬草酒だというのに二日酔いに。仕方ないのでいま記事を書いてます。

えー、凄かったです。
冒頭、ピンチクリフ村の全景が画面いっぱい(つっても4:3のTVサイズね)にドーンと映り、遠くの道をほとんどフィルムのゴミみたいな小さな小さな自動車が一台走っている絵の中で、ナレーターが村の説明を始める。すんごい力の入ったセットです。ミニチュアなのに、遠近法で広大に見せてるだけなのに、こんなスケールを感じた人形アニメはない。『こまねこ』の背景処理と同じ手法ですけど、かけたパワーの違いがダイレクトに伝わって来る巨大パノラマ。
で、山から下る車がだんだん下へ降りて行き、画面の下の方へ…必死に心の中で「そこ! 字幕邪魔! 邪魔邪魔!」と叫んでおりました。

全景が緻密である上に、通常のセットも手が込みすぎ。山の頂上にある主人公の爺さんの家では、いたる所に発明品が置かれて、過剰な小道具に圧倒されます。ちょうどリメイク版『タイムマシン』の主人公の研究室に近いかな(あれもね、主人公の思考過程・タイムマシンへの試行錯誤がさりげなく表現されていて、かなり凝ってます)。
この時点(開始後5分)で既におなかいっぱいなんですが、この小道具たちが動き出すとたちまち目を奪われてしまう。「なになにこれ? おおーっ! こう動くのか〜!」という、子供に戻った気にさせてくれるセンス・オブ・ワンダー。これがまた尋常じゃない凝り方で、例えば小屋の上に発電用の風車がついてるんですが、ふたつの風向計と連動して風の向きを感知する仕組み。この風向計のうちのひとつが、「回らない角度で回ってるなあ」と思ってたんですが、風の向きが微妙に斜めになった場合に微調整する役割なんだと後で気付きました。そんなとこまで子供は考えないってば(笑)。
こんなのが次から次へ出て来て、爺さんと助手2名のキカイ的自給自足な日常が描かれるうちに、キャラの役割分担がハッキリわかるという親切な展開。

もうこの時点でストーリーなんてどうでもよくなってきて、凝りまくったマシーンをいろいろ観てるだけで十分満足というか、それ以上脳が働かなくなります。ところがこの映画、まだまだネタを隠してるんですな。
ここで本作のアニメーション技術についてなんですが、とにかく丁寧です。助手の一人が外に出る時、マフラーを首に巻く。チェコの人形アニメなら、こういう部分はオシャレに省略してしまうところなんですが、本作ではこういう部分まで丁寧にアニメーションさせてます。チェコのように、センスに逃げない部分が、北欧らしい愚直さ、実直さでしょうかね。
人形は木製で、大体の部分は可動関節がついてるんですが、トルンカのように指先まで動かす事ができなかったらしく、各シーンの動きに合わせて造った木製の手を、一コマづつ差し替えて撮影するという、なんか無駄な努力なような気もするけど感動を呼ばずにはいられない、真ッ正直なアニメーションをやってます。この真面目一直線な技法は、グランプリ前日の演奏会のシーンで炸裂します。ちゃんとした指使いでピアノやコントラバス弾いちゃうんですから(ただ、ホルンやペットなど吹奏楽器は関節つきの手を使ってますな…サスガにパワーが及ばなかったか)。
さらに、一般的な人形アニメではタブーとされているモノも平気で導入。助手が使ってるバイクは背後についたプロペラの風圧で走るんですけど、コマドリで高速回転を表現するのは不可能なんですよ。チェコ的・喜八郎的・グッドマン的には(合田監督ならCG使うだろうけど…)。本作では本当にプロペラを回転させ、フィルムの周期とシンクロしないように回転数を猛烈に上げてコマドリしてます。これ、芸術家には無理でも技術者には可能な発想、という事なのかもな(監督は本業が大工で、発明家でもあるそうで)。おそらく回転後はペラの枚数が多いのに付け変えてたりするんだろうなあ。
レース中のクライマックスでもタブーが出まして、まあこれは珍しい手法じゃないですけどスモークをコマドリに導入。ユラユラ立ち昇る煙みたいな、普通の状態ならアニメーション不可能ですが、この場面では既に時速300キロの新幹線状態ですから、猛烈に流れる煙をコマドリする事で不可能を可能にしていました。ちなみにこの場面、主人公のピンチの場面ですから、煙に巻かれる映像でかなり盛り上がります。監督、かなりのアイデアマンですし、技術を活かすシチュエーション造りも巧い。

さて、いろいろあってスポンサーがつき、レースに出場する事になった主人公たち。車は当然、ゼロから手作りです。
なので、これまたコマドリで旋盤回したり外板を圧延したりする場面が出て来るんですが、旋盤はほとんどホンモノだし切り粉がリアルに散るし、一体そこまでアニメーションする必要があんのか、ってくらいの凝りよう。このあたりではもう、何も言いようがありませんでした。ここまで愚直だと神々しく見えて来ますよ。監督、人生の全てをこの映画に注ぎ込んだんだな、きっと。
スーパーカーブームの中で製作されただけあり、車のスペックや機構は凝りまくり。完成したイル・テンポ・ギガンテ号は12気筒のエンジンにアルコール主体の燃料噴射機構つき、レーダーつき、緊急輸血用血液完備、なぜかスターターは手回しのクランク。総重量しめて 2.8t…F1なら審査で落ちますな(笑)。
クラッチの捌き方とか、ギアのチェンジ、このあたりはレース中にじっくり観る事ができます。メーター類もリアルに動くので、「まだフルスピード出てねー」とか「エンジンやばいよ」とかは誰一人として観客へ説明する事がありません。観客はこの車の機構を推理し、レース前半の展開をよく観て、操縦方法を理解し、計器に目を配りながら、レーサーの気分になって手に汗を握るという…考えてみればレースモノとして正当派なんだけど、こういう描き方があるなんて想像もできなかったですわ。

そこで話が本作の目玉、レースシーンに移るわけです。
実写なら迫真のカーレースを撮るのは難しい。予算も、事故の問題もあるので、無茶はできない。確か『汚れた英雄』では実際のレースより4割ダウンのスピードで走っていたはず。今はCGがあるから難しくないですけどね。
でも人形アニメなら時速300キロのレースが再現できる。カメラだって実写じゃありえない場所に置ける。本作は、監督なりの思想で「人形アニメという技法」を最大限に活かせるシチュエーションを考え、レース映画を製作するまでに至ったんでしょう。
実際、ヘアピンでの攻防は実写の観点とかなり違っていて、各車の重量やタイヤの性能なんかを考慮した物理シミュレーションに近い。クライマックスで史上最強のエンジンを積んだギガンテが爆走する場面は、それまで丁寧に描かれていたリアルなシミュレーションが功を奏して、現実の迫力に肉薄しています。
レース中はアナウンサー以外のセリフが全くなく、いやアナウンサーのセリフも小さな観客向けのガイドという役割に徹しているので、目で観た事のみが物語の全てになります。おそらく、それまでの展開で「メカに興味のない人には辛いゾ」と脅しをかけているので、この時点で客をフルイにかけ終ったと考えているんだろうな。
一応、レースとしての展開とは別に、助手席ではキャラクターの物語も同時進行していまして、こちらで引っ張られる観客は引っ張られる。それなりに気を配った造りにはなっています。

エンターテインメントとしての、派手なアクションとしての人形アニメ。
他のどの人形アニメ文化圏からも離れた、孤立した状態で製作されたからこそ、こういう奇跡が起こったんだろうなあ。それでいてこの完成度をキープしてるのは、正直今でも信じられませんが…。
今回は一銭もない状態で、スガイ劇場のポイントカードで観ました。できれば2回観たいけど、状況は微妙。

あ、お子さんを連れて行くには字幕がけっこう多いので、DVDの吹替えを期待する方がいいかもです。
むしろ本作のターゲットは成人男性ですね。子供の心を忘れていなければ、行って時速300キロを体験すべし。

|

« ヤツらが帰ってくる… | トップページ | 彼も帰ってくる。 »

映画」カテゴリの記事

コメント

我が町のチビ映画館でもこの夏かかります。
娘連れてってみるかな。

投稿: のはら | 2007.05.31 00:48

とにかくメカの細部に凝った男の子向け人形アニメです(ありえなさが凄いw)。
あと、字幕なので子連れはキツいかもですよ。
ただ、レーシングシーンは人形アニメならではの時速300キロが堪能できます…ああやっぱ男の子映画ですなー。

投稿: エスねこ | 2007.05.31 02:19

追伸です。
ウチんとこは字幕のみでしたが、Yahoo 映画で調べたら東京では吹替え版の上映もあったそうです。
こればっかりは各映画館の判断でしょうねえ。
そちらの某舘で吹替え版が登場する事を願ってます。

投稿: エスねこ | 2007.05.31 18:30

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ピンチでもくじけない:

« ヤツらが帰ってくる… | トップページ | 彼も帰ってくる。 »