「ラヘルを救えるか?」と翁は問う
二度目の『ブラックブック』。
裏切られまくりだった初回に比べ、やっと各人の内面や各シーンで考えていた事がわかるようになり、レビューを書けるレベルになりました。
とは言えこの映画、キーとなる人物が分かりにくいのでDVDが出たらまだまだ発見する事がありそうです(金銭面の問題で劇場へ3回足を運ぶのは難しそうです…来週はいよいよチェコ戦が…(^^;;)。
ちゃんとした短評は向こうに入れる(やっと入れた…もう一段深くなった (^^;)として、こちらでは驚いた点をネタバレ列記して行きますか。
1)ナチスの将軍が凄い
初回観た時は「卑怯なやっちゃなあ」と思ってたハゲ頭のムンツェの上司ですが、彼の行動が本作中で一番裏表がないのがわかってビックリです。彼は占領軍に寝返ったんじゃなく、戦後処理を公正に進め、ドイツが不当な扱いを受けないために協力してるんですな。なので、生粋のナチ軍人である彼は、戦時下でレジスタンスと交渉したムンツェの脱法行為は(終戦して無意味になったとしても)罰するのが当然、と考えるワケです。いわゆるユンカーのドイツ軍人らしい性格。ドイツは第一次大戦後のベルサイユ講和条約でも、同じようにビジネスライクな交渉を行ってますナ。
一番罪深い(感じに演出されている…まあ戦後的・アメリカ的には罪深いよなあ)彼の行動が、法に照らして間違っていない…厳格に法を守ろうとする態度は戦中・戦後を通して必要な行為ですらある…バーホーベンお得意のいやらしさが出まくりです。
この辺は日本でもA級戦犯問題があったりしますから、彼をどう捉えるべきかは各人のレビューの試金石となりそうです。オイラの感情的には「クロ」だけど、彼を責めるのは難しくなったかなぁ。この想いは、ラスト近くでラヘルの言葉によってリフレインされますね。
2)ロニーはラヘルに手紙を書く
実はこれに気がついてめっちゃ動転したんですが、冒頭でラヘルに再開したロニーは「手紙を書くわ」と言って別れます。そして物語の最後まで、ラヘルは誰が自分を助けてくれたのか知らずにいる…。
実はロニーはドイツ軍人の中のムンツェ派と通じていて、ラヘルへ探りを入れ、スパイだと正体を明かさせた上で、彼女とムンツェを救い出し、自らは解放軍の軍人に(おそらく相手がユダヤ人だというのを見極めた上で)早々と乗り換えて身の安全を確保。映画中のレジスタンスたちより、よほどスーパーマンです。
ハリウッド映画ならこんな美味しい人物を放っておかないはずで、彼女の描き方のあまりの「端役」ぶりもバーホーベンらしい観客への引っかけでしょう。
やがて送られて来る手紙にはその辺の事が書いてあるはずで、ラヘルを大泣きさせる事になるでしょう(ハリウッドなら、おそらく逃走シーンの再現映像かなんかを織り混ぜながら)。その泣かせを断ち切って、ああいう幕切れにした『ブラックブック』は、「そのシーンは頭で考えればわかるはずだ。自明なので省略するよ。私が描かなきゃいけないのはコッチ」という監督の(省略による)メッセージになっていると思われます。
3)公証人は無実
ラヘルに疑われたレジスタンスの公証人。セリフが回りくどいので彼も共犯の一人かと思ってましたが、今回しっかり観て、罪が晴れました(笑)。まだネット上のレビューはほとんど読んでないですが、これ誤解しちゃう人が多いんじゃないかなあ…。
4)フランケンとムンツェ
各人が「戦後」を想定して密かに動き始めている、ナチス情報部。フランケンの行動は直接的で、犯罪的で、人道上も軍規上もあらゆる意味でクロなんですが、対するムンツェは戦後に向けて「善意」を示そうとして墓穴を掘る。彼の行動は美しいけども詰めが甘い。ラヘルやロニー、もっと言えば『シンドラーのリスト』のシンドラーみたいに表と裏を使い切れていない。
ハリウッド的な語法では彼は死なないタイプの人物なんですが、バーホーベン的にはフランケンと同じくらい、キッチリ「死にフラグ」が立ってます。劇場2回目でやっと気付いたていたらくですが。
『ブラックブック』を支配している論理は、アメリカ娯楽のソレとは全く異なっているようです。悪人も助からないけど、甘い人間も助からない。
5)ウンコぶっかけ装置のリアリティ
えー、本作最大のショックシーン(?)と思われる、大量の糞尿をかぶるラヘルなんですが。
監獄の広場に出て、囚人たちの汚物を釜に集めた後、尼さんたちの歌が始まる中、釜は(地味〜に)チェーンで吊り上げられている。必要がないのに吊り上げるわけがなく、明らかに最初から「態度の悪いナチ協力者」への懲罰用に使用する事を考えた機構になっています。
ここから考えるに、おそらくこの場面は実話だろうなあ…と思う次第。去年、フランス人のナチ協力者(の中でドイツ軍人に言い寄った女限定)の処刑前映像を編集した短編ドキュメンタリー『罪深くあったとしても』を観たので、戦後にここまでやった監獄があったとしても意外とは思わないです。
「戦後」にも「戦争犯罪」はあった、という事ですね。
以降はオイラ的に琴線に触れた名シーンについて。
6)二度、キスする。
初回から好きだったシーンですが、ムンツェがレジスタンスの処刑を拒否した後、執務室に場面が移ってムンツェとラヘルが一時の別れを惜しんでキスする。ここでのカリス・ファン・ハウテンの演技が《樊噲排闥的パルムドール》もんで、軽くキスした後、真剣な顔になってもう一度キスする。
「敵だけど、好きにならずにいられない」という最初の一揺れが始まる場面です。あけすけで率直なラヘルというキャラクターが、この数秒の演技で確立しているのは本当に凄いと思います(何回リテイクしたかは知りませんが…)。
7)終ってるけど終ってない、死んでないけど死んでいる
棺桶に忍んで国外脱出を謀る真犯人。こいつに追い付き、霊柩車を奪って身柄を確保するラヘルら。
棺桶のネジを締めつける彼らに、必死の命乞いで、十字架のすき間から金や宝石がザクザク出て来る。この画がもう圧倒的で、映像の奥に「戦争犯罪とカネの関係」を考えずにいられない。幾多の戦争で、どれだけの人間が、他人から奪った金で行き延びて来たのか(731部隊とミドリ十字の関係なんかを想い浮かべちゃうんだよな…日本の戦後処理って、まんまあのシーンな感じ…)。
特に彼の場合は拷問によって転向したのが明白なので、裁判に出ればフランケンの手下として裁かれる事になり、重罪にはならない可能性が高い(同じ論理でラヘルを擁護さえしてますし)。
それでも空気穴を閉じて殺してしまう、ラヘルたちの心の苦さがやりきれない…と同時に、やっぱマヌケだよなあ、あの死に方は…。
最後。
ラストでのあまりにナーバスなイスラエルの状況は、映画の最後で到達したラヘルの心理と言えます。オイラ的なバーホーベン観から来る想像ですが、彼女はあの後、ロニーからの手紙で硬直し切った心を融かすんだと思う。身近にいて最も信頼できる人間が誰だったのか、理解するんじゃないかと思う。そしてロニーの柔軟な生き方・考え方は、ラヘルのその後を大きく…先にも挙げましたが、監督は物語をその直前で切ってるワケです。
ハリウッド的大団円を用意しておきながら、それを物語の外に置いてしまったバーホーベンの潔さ、または「仮にも観客なら、そこまでは自力で汲み取ってくれよ」的な、観る者を信じている心が感じられたような気がしました。
汚れまいとするあまりに汚れてしまったラヘルを救えるのは、監督ではなく観客の仕事だ…そう思います。
●追記:
とりあえず公式ブログにトラバ入れました…。
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